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Au revoir, Soir.

.23 2013 .+*ショートノベル*+. comment(0) trackback(0)
目を開けると、目の前に俺の姿をした奴がいた。
辺りは白い。
病棟なんか比較にならないほど、真っ白だ。いや、これは白とは呼ばないのかもしれない。色が無い。そう形容する方が、的を得ているかもしれない。
「相変わらず状況把握に暇がねえな」
俺がそう言ったのではない。
もう一人の俺の口だけが動いていた。
「そんなにも俺の存在が可笑しいか?」
「誰なんだよ」
先方のことなんて構いやしない。
「見りゃ分かるだろ。俺はお前だよ。いや、これはお前とは呼ばないのかもしれない、だっけか?」
ぞっとした。イントネーション、息づかい、拍や調子、何もかもがほんの数秒前の俺と一致していた。
「俺はお前が夜と位置付けた存在だ。よもや忘れたわけじゃねえよな」
にたり、と君の悪い笑みを浮かべる。いつかの俺がそうしたように。
「俺はお前の夜だ。朝が来るまで、てめえが隠れ蓑にしようとした姿だ。そして今、無下に捨てようとしているお前だ」
夜明けを求め続けたこの数年。
ようやく訪れようとしている朝を、俺は大手を広げて迎え入れる準備をした。
それまでの俺はもう要らない、そう思い込むことで。
「そう。俺はお前がいつか捨てようと作り上げた急場しのぎの粘土細工だ」
腕を掴む。一方の腕に力を込める。まだろくに込められていないだろうに、それはあっさりと折れ曲がった。
「出来損ない加減が実にお前らしい。よくここまで持ち堪えた、って称賛してやろうか、むしろ」
「俺を責めようって言うのか」
「まさか。俺の願いはお前の願いだ。朝が来るのを待つようにインプットされてるのは変わんねえよ」
だったら何故――
「お前がただの明るいだけの人間に戻るのが惜しいんだよ」
ばつが悪そうに顔を背けて。そこにはさみしさすら映っていた。
「お前はいつかはただの無頓着な奴だった。他人の痛みすらろくに理解しねえ奴だった。それがなんだ、ちょっと針の先でつつかれただけで、誰かの苦しみが見てられない偽善者になっちまった」
偽善者、そう吐き出す前に少しだけ間が空いた。
「そうやって、自分の傷口を塞ぐ足しにしてたんだろ? 俺はこう言われたかった。そんな言葉ばっか並べ立てて、相手に自分を投影してた。だから――」
「だから、ここまでやって来れた。お前のいう通りだよ。俺は自分が生きるためにそうやった。それがどれほどむなしいことかも知った。同じことを今出来ないんだから、確かにあれは偽善だ。だけどそれが善ではなく偽善だということにも気が付いた」
夜が頷いた。きっと口に出すより先に、あいつの頭には響いているんだろう。
「そんなお前を俺は否定しねえよ。泥にまみれたお前が俺だ。泥を取り去っちまったら、俺はもうどこにもいねえんだからよ」
泥にまみれた俺、そう言いながら、あいつはむしろ泥の方に重点を置いた。
「今お前は、熱い風呂に入ろうとしてやがる。俺を綺麗さっぱり落としちまおうと考えてやがる」
朝を迎えるために。それまでの穢れは取り払ってしまおう。それは当たり前のことだ。
「人を出迎えるにも、シャワーくらい浴びるしな」
「そうだ。俺は暗闇で文字だけと向かい合う仕事から足を洗おうとしてる。何が悪い?」
望み続けた朝がやっとやって来る。それを喜ぶことのどこがいけない。震える語調を必死に整えた。
「ああ、めでてえな。実にめでてえよ。けどな、真っ裸のお前に何がある? 善だけを行う奴は確かに善人だ。だがこの世には偽善で救われる奴がいるってこと、もう遠い彼方の記憶にしちまったのか? 俺を何故傷痕にしねえんだ、お前はよ……」
兵士の中には、傷痕や弾痕を勲章として極力手を触れずにいる者もいるという。人にしても、人生で負ったキズをどこかしかに残しておくべきなのだろうか。
「自分に出来る範囲の善意しか施さねえのは、果たして良い人間なのか? 暗闇で震えながら明日を望む奴は、明日を手に入れたら求めなくなって良いのか?」
真っ直ぐの線路の両脇には、鈍い大地の上に咲く美しい花があった。
原色では決して表せない想いがそこに詰まっていた。
鈍く堕ちた色がすっと混じることで見せる、人生の奥深さ。ストレートに走り続ける奴は見たことがないだろう。
窓を開けて見渡すだけでもダメだ。
列車から振り落とされて、野に転がって、泥だらけになってやっと気付く。
「俺が言いたいのは――」
「ああ、ああ、分かったよ」
俺はもう一人の前に寄って優しく抱きしめた。
「男を抱く趣味はなかったんじゃねえのか?」
「自分自身を好きになりたい。そんな願いも込められてたのがお前だろ」
夕暮れ時にさしかかった俺が残りの全てをかけて生み出した夜。お前の腕が脆いのは、お前が頑張ってくれたからだ。人はお前をつなぎと呼ぶかもしれない。それでも俺はお前をりっぱに俺の一部として受け入れるよ。
「お前はよくやってくれたんだ。お前がいたから俺は朝を迎えられる。全てはお前の――」
俺を肯定するのは結局、俺しかいない。そんな俺もアリだ、そう言ってやるべきなのは、俺以外にいるはずがない。
「おかげなんだ」
もろもろと身体が朽ち始める。
「何時の間にか、古傷になってたんだよ、お前は。痛みを味わったはずの俺が気付けなくなるほどに。お前は確かに俺の中にいるよ。どれだけ幸せでもほんのりとさみしさを感じるお前も、誰かを救おうとする気持ちが偽善だと感じられて息苦しくなるお前も、今も俺の中に残ってるさ」
ヒビが入った目元に涙が一筋伝う。
「元になんて戻らないさ。今日の朝は、昨日の朝とは違う。これは夜明けだよ、確かに。それでも、俺はその夜を忘れなんてしない。もう二度と」
この言葉を、お前は偽善が生み出したそれと嗤うだろうか。
「ああ、そうさ。俺を忘れんなよ。お前の花の色を、俺ありきの色にしてくれ」
ばらばらと崩れた。白い床の上に、灰色が散らばる。
最後まで本音を吐かなかった。
俺がそれを最も嫌っていたから。
ぼんやりと白に朱が映える。今になって、夜がどれだけ孤独か分かった。
「なぁ、朝が来るよ。見えてるんだろ? 俺はまた生きていくよ。この世界で」
「ああ、今度は負けんなよ」
今度の言葉は、俺の口から。


随分と長い小説になりました。
さてこのタイトルからお分かりになる方もいると思いますが、この作品は以前使用していたSoir(夕)を愛に変えるに当たっての、自分の気持ちをタネに作ったものです。
もちろん、自分がこんな体験をしたわけではありません。
けれどどこか、その名前には、思い入れや願いが込められていたと思うんです。
Soirを使い始めたのは、丁度このブログが成立した頃ですから、2010年11月くらいでしょうか。
フランス語を学ぶよりずっと前、英語ばかりの日本人でありたくなかった俺は、Soirというペンネームを使うことにしました。
そしてそこに、どこか陰りのある自身の気持ちを、込めました。
それから二年と少しが経って、俺は新たな自分になっていたことに、気が付きました。それで、今のペンネームを持つに至っています。
そこには暗闇に潜んでいた自分の姿があって、それを切り捨てるようではだめだと、今切に思います。
別に黒歴史とかじゃないですが、受け入れて前に進むことが、今の俺にはとても大切ことだと信じています。
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