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繰り返しのギロチンカット

.06 2016 .+*詩*+. comment(0) trackback(0)
 そう、また、首を差し出す。
 刃が落ちるのを待ちながら。
 そんな夢を見るのは、これで何度目だろう。
 それで逝った人より、私はその感触を知っている。
 誤った。
 生まれたことも、生きていることも、愛したことも。
 誤った数だけ、私は首を差し出さなければならない。
 望んだ幸せに見合うだけの不幸せが、誤った道の先には待っている。
 幸せになろうとすることは、間違ってはいない。けれど、幸せのなり方には、正しいそれと、間違ったそれがある。
 そして、正しいそれを選べる人は、この世にはほとんどいない。
 みんな悲しみに染まって行く。
 いつだってそう。
 私も、貴方も、幸せにはなれない。
 幸せには、なれない。

 だって私たちは、間違ったんだもの。

 誤った人には、罰が与えられる。
 そう、私みたいに。
 私みたいに。
 また間違ったみたい。
 いっそ次で、終わりに出来たら良いのに。

 また、首を差し出す。


ギロチンは、ギヨティーヌという医者の提案を元に、フランス革命の折に、ルイ16世やマリー・アントワネットなどを処刑するのに使われたのが始まりで、以後、フランスでは1981年と、つい30年ほど前まで使用されていました。

死刑の執行には、例えそれが極悪人に行われるのだとしても、苦しみを与えない一瞬での処理が求められたと言います。故にギロチンは、効率の良さとその性能で、一役買いました。

と、ギロチンについて少し書きましたが、別に俺は斬首の夢を見たことはありません。
ただ、明るくない気持ちの時は、生より死を思いたくなるので、自然と心がそういった方へ向きます。
それだけです。

就寝前の気持ちはこういうのが多いです。
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