スポンサーサイト

.-- -- スポンサー広告 comment(-) trackback(-)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Empty

.21 2016 未分類 comment(0) trackback(0)
 どちらでもありたくない。
 どちらでもありたくない。

 男は醜いと思った。
 女は醜いと思った。
 躰も、心も、捨ててしまいたいと思った。
 どちらかの人。どちらかになりたい人。どちらでもある人。
 どちらでもない人に、なりたいと思うことも、許されるだろうか。
 無性になりたい。何でもない何かになりたい。
 本能も、理性も、求める。
 神に触れるか、己を壊すか、選択肢はさほど多くない。
 生きとし生けるものの道理が、求めるということ。
 そこから解き放たれることを望むなら、残された道は、限りなく少ない。
 男であるから。
 女であるから。
 求めるというなら。
 どちらでもありたくない
 どちらでもありたくない。
 失うことは出来る。捨てることは出来る。
 けれどそれは、欠くことにしかならない。
 心はそこに追いつかない。
 定めなんだろう。その苦しみでさえ、運命。
 生まれた時点で、ヒトは痛みを抱えている。
 空になることは、出来ない。


実践すると、恋愛が出来ない。

異なるから求める、それが恋愛感情の根底にあるとして、男であれ、女であれ、本能的な何かが、そうさせるんでしょう。同じ向きを向いている限り、恋愛は完結しません。違う向きを向いているから、二人は結ばれる。異性を求めるにせよ、同性を求めるにせよ、根底には、自分が何者かである、そういう帰属に則って、そうでない何かに惹かれるわけです。

そんな帰属(この場合性別)が、苦しいな、って思うことはあります。俺は男性(の一部の面)が嫌いですし、女性(の一部の面)が嫌いです。生命を持たないもの、性別を持たないものが好きかと言われるとそうではなく、生きているけど、そういったことを求めない(ぼかしてますが、直接的に書きたくないので)感じが良いんです。

恋愛を全否定というより、恋愛の一部分を否定、でしょうか。本能で否定出来ない部分を、理性で否定したく、理性で肯定したい部分を、本能が肯定してくれない、そんな苦しみは、生きる上での大きな悩みです。

……分かりにくい。

つまるところ、時々、男でも女でもない存在になりたいな、って思うわけです。

俺はわがままだな。
スポンサーサイト

  • comment
  • secret
  • 管理者にだけ表示を許可する

trackbackURL:http://miyutayu.blog.fc2.com/tb.php/1136-f9ee5fe8
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。