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Glass will have crashed

.04 2013 .+*詩*+. comment(0) trackback(0)
 その手に持ったグラスを割らずにいられる確率は、高くて、低いんだろう。
 誰だって予想出来ない。
 万一落としたとしても、当たりどころが悪ければ粉々になってしまうだろうし、上手く行けば欠けるだけで済むかもしれない。
 いずれにせよそのグラスを大事に抱いていられるなんて、ある意味で奇跡だ。
 割らないために使わずに飾っておいたり、手を触れずに眺めるだけに留めたり、本来の目的から外すことで護ろうとする。けれどそこにグラスとしての幸せはあるだろうか。
 グラスの幸せをそうだと決め付ける権利も無いけれど、触れずに水屋の奥にしまっておくことは、結局双方にとって哀しいとしか思えない。
 出逢いの形は様々で、衝撃的ではなかったかもしれない。あまりに普通の、つまらない出逢いだったかもしれない。
 そこから愛着が湧いて、最も信頼のある関係に発展するなんてことを、予想もしていなかったかもしれない。
 それでも運命はそうさせるから。常に手に収まっている、そんな位置にそのグラスを据えたとしたら、お互いの関係はそんなものになって然るべきなんだろう。
 そして、愛のある二人だから。ほんの些細なすれ違いから、グラスは手から滑り落ちる。
 気が付いて消えてしまいそうなその肩を再び抱くことは不可能じゃないはずだ。でもそんな可能性はあまりに低くて、普通は間に合うことなく終わってしまう。
 グラスは割れて。もう元には戻せない。
 あの音はあまりにも、恋の終わりに似ている。
 どうしてあんなにも似ているんだろう。
 あの甲高さが終わりを告げる。
 どこか気付いていた、そんな終わりが訪れたのだと。
 ヒビが入っていたかもしれない。欠けていたかもしれない。
 あるいは完全なまま、その日を迎えたかもしれない。
 それでも唐突に訪れた終わりを、人は有りのままであろうと歪んだ形であろうと受け止めなければならない。
 粉々に砕け散ったグラスの上に涙を落としながら、その欠片に触れて紅を流しながら。
 もっと君を大切に出来ていたら。
 どんなにそうしていても、それでも後悔する。
 もっと、もっと――
 君と一緒にいたかったのに。
 それでもグラスは、砕けてしまった。
 残った破片だけが、今も僕の前に。


最初はガラスでした。
でもガラスは、違う気がしました。
本質的には同じでも、恋と似ているのは、グラスなんだって、そう気付いたんです。
逆説的な関係で、一番使ってるグラスから先に割れてしまいますよね。それもそのはずで、それだけ壊れる場面がある、という悲しさはあまりに耐えがたいです。
ずっと使っていたいグラス。
それでも壊れてしまうグラスという存在は、儚さと脆さの象徴なんでしょうね。
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