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君の手を、もう一度

.14 2014 .+*ショートノベル*+. comment(2) trackback(0)
 それは初めて触れた手と、とてもよく似ていた。

 白い天井。無機質の壁。
 窓の外を見つめるだけで、君は何も話さない。
 病窓から見えるのはどこまでも広がる太平洋で、見晴らしに限って言えばこれ以上なく素敵な場所だ。
 時折聞こえる鳶の声は空に響き、静かな海と相俟って、最期の地に相応しい淋しさを漂わせる。
 そんな景色を、君は見るだけで、聞くことは出来ない。もちろん、それには何の確証も無いけれど、どうやら最早聴力が無いらしく、音の無い世界を表情を失ったまま生きているようだ。
 今の君には、もう僕の言葉は届かない。
 けれどそれだけで見捨ててしまうには、君はあまりにも大切過ぎる。
 花瓶に生けた花も、君の心を潤すには足りないようで、ただひたすら青い空と青い海を眺め続けるのが、今の君の全てだ。
 それでも、そんな君の瞳に映る世界に、僕も映っていたくて、だから僕は、ある日、それを始めるようになった。
 君が座るベッドの隣、丸椅子を置いて。
 静かに語り始めるのは、いつかの僕らの、物語。

 この辺りは一年を通して気温が高めで、雪が降るのは稀だった。君と出逢ってから、そして今日に至るまで、僕らが降る雪を目の当たりにしたのは、どういうわけか、初めてのデートの日、ただ一度切りだった。
 初めて出来た恋人。恋を難しく、堅苦しく捉えていた僕にはステレオタイプの考えしか思い浮かばず、結果として一番最初のデートをする日を、つまらなくもイブの夜にしてしまった。
 それでも君は幸せそうな顔をして、そっと手を差し出してくれた。
 今、雪が肩に降りかかっても、きっとすぐに溶け去ってしまうだろう。そんな風に思えるほど、僕は緊張しながら手を握った。
 それが初めて、君の手に触れた瞬間で、君以外の女性を知らなかった僕にとって、初めて触れた異性の手だった。
 近付き過ぎても歩きにくく、離れ過ぎても歩きにくいのだと知った。
 僕らの歩幅はまるで合わなくて、僕に合わせて君が早く歩いてくれると思わずこけそうになったし、君に合わせて僕がゆっくり歩くと申し訳なさそうな顔を君はすぐに浮かべた。
 ただただ、繋いだ手だけが頼りで、それだけは決して、離さなかった。

 君の手は柔らかくて、そしてなにより、小さくて。
 少しでも強く握ってしまえば壊れてしまいそうな気がして、でも力を弱め過ぎれば離してしまう気がして。
 やさしく、包み込むように。
 それだけを考えて、ほんの少し、力を込めた。
 壊さないように。失わないように。

 そんな幸せな時間も、雪がいずれ止むように終わり、僕らはその幸せによって、永遠に共に進み続ける道を歩むようになった。
 幾度となく繰り返した。あれからどれほどの聖夜を共にしただろう。
 けれどいつしか同じようにして過ごしていたはずのそれも変わり、僕らの距離は遠くなって行く一方だった。
 気が付いた頃には、僕らの間には子供たちがいて、歳を重ねれば重ねるほど、その距離は広がって行った。
 僕は息子の手を繋いで、君は娘の手を繋いだ。
 
 僕らがクリスマスを祝わない歳はなかった。
 君と過ごせる、何より幸せな日だったそれは、いつからか家族で過ごせる幸せな日になって、僕は時折サンタクロースに扮したり、トナカイになったりして、家族を笑顔にするために生きるようになった。
 母親として、君が見せる母性に満ちた表情を見れば見るほどに、僕の心の中の父性が刺激されるようで、愛しい妻と、子供たちを守って行きたい、そんな思いが強まって行った。
 僕は家族を守る、強い父親になろう。
 そんな風にして、僕らはいつの間にか、それぞれ本当に親になって、子供たちを育てるためにこそ生きていた。

 君の細い腕は、重いものを持つには華奢過ぎて、子供たちを撫でてやるには、十分過ぎるほど嫋やかだった。
 けれど、そんなほっそりとした腕が、何より家族を内側から支えていたと思うと、何より逞しい腕だったように思えてならない。
 心底、母親というものは強いのだと感じる。
 君の腕に、僕は幾度となく助けられて。

 君の手を、今、もう一度握る。
 その感触は、初めて触れた時と、全く同じだった。
 少しでも強く握ってしまえば、壊れてしまいそうで、力を込めなさ過ぎれば、するりと抜け落ちてしまいそうで。
 あの日、僕と君が結ばれた時のそれと、何ら変わらなかった。
 過ぎて行く日々の中で、僕は君のことを、あまりにもないがしろにしてしまっていた。
 それはもう、どれほど悔いても帰って来ない時間。
 残された時間というのも、おそらくは、ほとんどと言って良いほど、無い。
 けれど、だからこそ、僕は君の手をもう一度、やさしさを込めて包み込もうと思う。
 あの日、君に手のひらで想いを伝えたように、今、もう一度君に、僕の気持ちを伝えたい。

 愛しているよ。変わらず、愛しているよ。
 誰より、何より。
 君はこの世で一番素敵な人だから。

 ほんの少し、ぴくりと手が震えた気がした。
 きっと君は、気付いている。知っている。
 この僕が、何のために君の手を握っているのか。
 だから、僕は心に決めた。
 これから毎日君の手を握りながら、僕らの物語を振り返って行く。
 そして、過ごして来た日々の幸せと喜びを、もう一度味わって行こう。

 君の手が、力を失う、その最期の日まで。


今作詞している歌詞、『君の手を、もう一度』は、今作が世界観として下敷きになっています。
いわゆるボカロ曲の小説化、みたいなのに似ていますが、俺の場合、本業はこっちなので、小説の楽曲化、の方が正しい言い方ですね。

さて、どうでしょうか。
初めて、主人公の年齢が数十歳、というものになりました。
語りの都合上、若々しくなってしまうんですが、想いはいつまでも活きている、という考えをもとにすれば、むしろこちらの方が自然かもしれませんね。

この物語を、どこまで歌詞に落とし込めるか。そこが次の課題ですね。

楽曲の投稿なんかについては、また作業が進み次第、ここを中心に告知させていただきます。
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nigazu
哀しいお話で、最期には心温まるような話でした!今その時を生きようとする主人公の決意が打たれますね。
2014.07.14 23:02
碧海愛
この作品を思いついたきっかけって思い出せないんだけど、でも全て考え終わった時、確かに俺の中にもあたたかい気持ちがあったのを覚えてるよ。
短い逸話みたいな話だけど、でも不思議とそこには、長い長い物語を終えた時と同じくらい、こもった思いが残っててね。
それがほんのひとかけらでも伝われば、嬉しいと思うよ。
2014.07.27 22:39

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