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All the same, do you love me?

.01 2014 .+*ショートノベル*+. comment(0) trackback(0)
この作品には多分に偏った見方の主張があります。人によっては受け入れ難いもので、特に俺の日頃の作品を愛読して下さってる方にこそ激しく非難し得る内容を含みます。また、これはあくまで一つの考えの文章化であり、俺自身がこの作品に書かれた主張を全てにおいて抱いているわけではありません。いずれにせよ、主張の度合いが偏向的ですので、通常の小説をのみ読みたい、という方は、今回はこちらでお引き返し下さい。




 I cannot understand those ideas.
 People often say it is commom, but I cannot understand.
 Am I a wrong human?
 I want our baby. It is not false, but I cannot understand.

 君はそれが当たり前だと思ってるんだろう。
 愛の先、あるのは繁殖だ。
 人は愛し合えば子を産む。愛の結晶、なんて言い方をする人もいる。
 だから人は実際には子供を設けられない同性愛者を受け容れられないと感じる部分があるし、不妊症の人を蔑むし、望まない妊娠を拒んで、時にはその新たな命を無下に殺す。
 でも人の愛は、他の動物のそれとは明らかに違う。と言うか、俺一人の個人的な見解を述べるなら、他の動物には愛は無い。彼らは子孫を残すことを脳の何処かに刻みつけられていて、そのために生きている。感情なんて無いから、生まれた意味だとかも考えない。生き残って、繁殖して、死ぬ。本来動物にあるのは、それだけだ。
 でも人の心には、愛が生まれてしまったから。
 異性を繁殖のための道具としか見ない生き方なんて、出来ない。
 だけど俺には、愛のある繁殖でさえ、理解出来ない。
 そのことを君に告げれば、君はどんな顔をするだろう。
 俺にも生理的な欲求は訪れる。生殖機能を喪失したりしてるわけじゃないし、他人の行動を否定したりするような主義者でもない。ただ俺一人の考えをのみ指し示す時、俺はセックスを、したくないと思う。
 理由は自分でも分からない。
 ただ愛し合えばいつか交わり合う。そんな考えが、受け容れられない。
 俺にとって愛は、二人が関係を結ぶところで完結する。そこから先は、同じ時間を、恋人として、あるいは夫婦として過ごす、そこで終わる。
 でも世界は、人は、セックスして子供を作って、そして生きて行く関係を美談とする。
 小説だって漫画だってそうだ。
 勿論社会にだってそう言ったものには一定の制限を設けている。でもそれはその行為を否定したり蔑んだりするためじゃない。秩序のためだ。人間のためだ。結局のところ、それはどこかの偉い誰かのためのものだ。多分それが無かったら小学生や中学生の中で早熟な奴らがはしゃいで、道端に小さな骸が転がるような事態に行き着くんだろう。
 でもそんなことはどうだって良い。
 ただ俺に理解出来ないのは、愛の先の性交。
 むしろ俺には、ただそれのみを目的とする奴の方が、まだ分かる部分があるように感じる。
 快楽を求めるのは、人の原初の欲求だ。
 でも愛するのは快楽が欲しいからじゃない。回り回ればそうなるのかもしれない。だけどそれが主目的じゃないのは確かだ。
 愛してない。
 そう言うだろうか?
 でもそれを愛してるかどうかの判断に使うことが、俺にはどうしても理解出来ない。
 愛し合ってなくても人は抱きしめられるし、唇は交わせるし、褥を共にすることは出来る。
 本当に愛し合ってるかなんて、もっと他の方法で確かめられるんだから。
 それ一つに目を瞑ることを、どうして人はそんなにも忌避するんだろう。
 俺には分からない。
 どうして物語では、愛がその高まりを見せた時、ボタンに手をかけるんだろう。

 多分俺は、それを醜いことだと思ってる。
 多分俺は、それを穢れたことだと思ってる。

 でもそう感じる理由は分からない。
 俺はそういうことをした先にそう考えるようになったわけじゃない。食わず嫌いだと罵られるかもしれない。だけど、嫌いなものをそれでも口に含める必要が、一体どこにあるだろう。

 今日は君は笑って許してくれた。
 恥ずかしがってる、そんな風に理解して、手を止めてくれたんだろう。
 でも次は? その次は?
 いつまで俺は本心を隠し通せる?
 きっとそう遠くはないんだろう。
 全てを露見させた時、君はどんな顔をするだろう。
 俺を選んで俺を染めるか、俺を捨てて自分を染めるか。
 いずれにせよ、俺が君を染めることは出来ない。もし仮に奇跡が起きて、君がもとよりその考えを有していたなら、別だけど。
 でももし、君が俺を捨てて、そのために他の男を探すとするならば。
 俺は君の内側に押し入って、君の腸を抉り出してしまうかもしれない。

 ああ、俺こそ醜く、そして実に人らしい。
 それでも君は、俺を愛してくれるだろうか。


生きカレの続きを書かず、こんな作品を書いたのには、浅い理由があります。

そういう漫画を読んだからです。

そういう漫画、と言うのは本日おそらく書店に並んだ大人気の漫画で、おおよそ皆さん検討が付くかと思いますが、俺が日頃の連載作品を書く上で非常に参考にしている漫画であり、そして皆さんも少なからず上記のような感想を抱きながらページをめくったことでしょう。

俺はプロ作家ではありません。
だから、主義主張が乱れたり、プロであれば口にするのが憚られるようなことも、平気で口にして良いわけです(それを連載作品の中で書き記すことには俺自身は抵抗を覚えます。だから今回、単体で独立した作品を書くことで他の作品に挿入する形での記述を避けています)。

ちなみにこれを書いておきながら、なんですが、俺としては将来子供が欲しいですし(その前に恋人作れよという意見は非常に重く受け止めますが)、愛の先のそれを否定もしません。と言うか俺の中でも常識として、俺もそう及んで行くんだろうな、って思いもあります。
ただ、それでもどこか忌避したい心もあります。俺の中で、拒もうとする意志があるのも事実です。
この作品では、100%それを受け容れられない人物が主軸に据えられていますが、おそらくは少なからずそうした考えを持っている人も多いことでしょう。
と言うか、多分女の人はそれ、多いんじゃないでしょうか。
妊娠したら人としての構造まで一時的ながら(もちろん、元に戻るわけでは無いですが)変わる、そんなリスクを負う危険性すらある行為を、それでも自分が好きな相手が望むのだから、と受け容れる。
性にフリーな時代です。オーラルなんたら、なんて言葉もあるくらいに、それは意味を変えて来ています。
ありふれた若い人たちが、それとどう向き合って行くのか。

愛していれば、するものなの?

ふいにそう思うわけです。

それって美しく書けば美しく見えるものなの?

じゃあもう世の中芸術美術だらけじゃないですか。

俺は平常の作品でキス以上の行為を書きません。もちろんそれはリアリティの無い描写になると思われるから(いやキスさえしたことないけどさ)でもあるんですが、一番は、崩したくないものがあるからです。
それだけを純愛と呼ぶ気はありませんが、それでも俺にとって、尊びたい愛というものは、それが存在しないものなんです。

少なくとも、今の俺にはまだ、そのシーンは書けないし、書きたくないし、そして何より、分からない。
不可解で難解なものです。
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