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ヒビ割れたグラス

.15 2014 .+*ショートノベル*+. comment(0) trackback(0)
 その日ヒビが入った。
 知っていれば近付かなかったのに。
 知らなかったから、俺はそれに触れた。
 心砕く邪悪に触れた。どうしてあんな女に構ってしまったんだろう。
 人は凶器で殺される方がよっぽど幸せだろう。行方はともかく、この世で苦しみを味わうことなくいられるのだから。
 心を砕かれた人はどうして生きて行けば良いのだろう。
 こうすれば楽になる。こうあればマシになる。
 紛い物の幸せに手を出しては、効能が薄まる度に死より重い苦しみを味わう。
 もっと真っ当な幸せを。この心に注いで。
 願っても願っても、そんなものはやって来ない。
 ヒビ割れたグラスには、何を注いでも溢れて行ってしまうのと同じで。
 もう決して幸せにはなれない。
 それでも生きて行くために、幸せでいることは必須で。
 だから隙間を埋めるほんの少しの幸せのようなものを必死に求める。
 グラスにヒビを入れた彼女は故意ではなかったのかもしれない。
 それでも結果は確かにここに横たわっているから。
 伏せ目がちに。斜めに見て。
 どうして君はそんな幸せそうに笑うの。
 それとも君も偽りの幸せを演じているの。
 笑顔の仮面。それだけは一級の職人になれた。毎日のように創っていたから。
 こうして笑えば。こうして声を上げれば。
〝とても自然に見えるでしょう?〟
 これ以上無いほどに上手くなって、それでもそこで終えることなくさらに上手くなって行く。
〝幸せ者のフリをするなら俺の右に出るものはいないよ〟
 道化より上手く演じてみせる。
 仕事じゃないんだ、日常なんだ。
 誰かを笑わせるためではない。誰のためでもなく、それはただ、自ずと自分に出来るようになった、特技とも呼べない特技だ。
 今彼女はどこで何をしているだろう。風の噂には、どこぞの有名大学に行ったらしいが、それはつまり、彼女にとっての幸せを意味し、俺にとっての不幸せを意味することなんだろうか。
 ヒビ割れたグラスに、それでも幸せを注ごうとしたそれ以来の恋は、全て恋とも呼べない恋だった。
 昔憧れた幸せを手に入れられないと知った俺は、異なる形の幸せを求めた。
 だがそれらは全て、俺の本心から求めるものとは違った。当たり前だ。俺が欲しいのは、ただそれだけだったのに。
 人は人生で幾度か恋をする。
 おそらくは、その中に一つだけ、真実の恋情に基づく恋があるだろう。
 それを叶えた者は、文字通り幸せで。
 それを叶えられなかった者は、文字通り不幸せだ。
 だから俺は、間違いなく後者。
 この先何度恋をしても、それは焼き回しに過ぎない。求めた恋ではない。
 光源氏が数多の女性に手を出したのは、彼が好色だったり、絶世の美貌に恵まれていたからではなく、藤壺を得られなかったからだ。ただそれだけ、俺はそう思う。
 代われない。
 人は、誰かに取って代わることは出来ない。
 そう、ヒビを入れた彼女でなければ、このヒビを取り去ることも、本当の幸せを注ぐことも出来ない。
 知っていれば近付かなかったのに。
 そんなはずは、無いのだろう。
 知っていても近付いていたはずだ。
 知らなかったから、俺はそれに触れた。
 むしろそれは、嘘なのかもしれない。
 知っていてもなお、俺はそれに触れる。
 心砕く邪悪に触れた。どうしてあんな女に構ってしまったんだろう。
 そう呟きながら、彼女でなければ俺は幸せになれないと、涙を流す。
 このグラスには注ぐことは出来ないのに。このグラスから注ぐことは出来る。
 それはなんて悲しい、皮肉だろう。
 だがもし、このグラスが生む滴が他の誰かのグラスを満たす一滴になるのなら。
 このグラスは幸せを生むことが出来るだろう。
 それはなんて不思議な、奇跡だろう。
 最早このグラスは幸せにはなれない。
 だがあるいは、そのグラスを幸せに出来るかもしれない。
 ヒビ割れたグラス。ヒビ割れた俺。
 そこに見えるのは、幸せか、不幸せか。
 その杯を見るものの目には、どちらが映る。


一本を一気に書き上げる時、単一のテーマが一貫して現れることが多いです。
時間や場所を変えて書いている場合、今回のように、一貫しておらず、むしろ矛盾や論理の破綻さえ思わせるようなものが出来上がります。

それが評論や文学の作品研究であれば、非難轟々、ってやつですが、これは実に自由な作品であり、現実もまたよりそうなのですから、むしろこちらの方が、人の思いに近いのではと思います。

最近こんな風な連載作品と違う形式のものが数を少なくしていますが、こっちの方がいつものより好きだ、って方もきっといると思うので(思いたいので)、これからも細々と書いて行けたらと思います。
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