海で、空を

.23 2015 .+*ショートノベル*+. comment(0) trackback(0)
 夜の海沿いは一人で歩くには危なくて、一人になるには絶好の場所だった。
 磯風が吹き抜けていく度、過去になった〝今〟をよみがえらせて行く気がした。
 歩くことは、どうしてこうも、明るい気持ちを抱かせてくれるんだろう。どうして、と考えながらも、答えは要らなかった。それは疑問のままで良い。そう思った。
 答えが必要な問いと、答えが必要でない問い。俺がこうして歩いて、たどり着こうとする問いは、前者だけど。
 昔から、恋多き人だった。その多くは、誰かが憧れる〝片想い〟で、誰かが憧れる〝両想い〟ではなかったけど。それでも、誰かのために心を砕くというのは、俺にとって、ありふれた、それでいて何より大切なことだった。
 きっと、そんな人はたくさんいる。そうでない人ももちろんたくさんいるから、この気持ちを分かってもらえるかは分からないけど。
 それに、幸せに恋が出来た人、出来ている人には、使い方を誤っているのに文句を言ってくるクレーマーの言葉に聞こえるだろう。
 それぐらい勝手な言い分かもしれない。
 でも、この感情はありふれている。だって、彼女も泣いていたから。同じように。今度は彼女が加害者になったようなもので、それも、彼女が被害者になってしまったからなんだと、俺は思う。
 ふと、立ち止まって遠くの空を見る。
 黒に近い、黒。空の色は、彼女の目にはどう映っていただろう。そう考える俺の心には、間違いようのない愛がある。そう思えた。
 過去はしがらみのようにして、その人の人生に影響を及ぼして行く。
 好ましい記憶は、もう一度それを繰り返させて。疎ましい記憶は、もう二度それを繰り返させまいとさせる。
 積み重ねた分だけの経験と思い出が、その人の行動を、性格を、規定し続ける。
 でも、過去も、記憶も、経験も、思い出も、読み取り方次第なんだ。受け止め方次第なんだ。
 それは俺が、穢れない男だからそう言えるんだろうか。
 彼女の目に浮かんだ涙を思い出す度、立ち止まってしまう。
 いいや、それでも。過去を断ち切ることは出来ない。不動の彫刻なんだ。過ちは消せない。だから、誤りを直すことで、これから先の未来を美しくするしか無い。
 そしてそれは、前を向いた人だけが、未来へ踏み出した人だけが手に入れられる。
 俺はまた歩み始めた。夜風が冷たい。
 過去は変えられない。人生はやり直せない。
 変えられないから、白紙に戻せないから、人は、強くなれるはずなんだ。
 優しく出来なかったこと。思いやれなかったこと。冷たくしてしまったこと。利己的に振る舞ってしまったこと。
 どれだけ悔いても、過去を変えることは出来ない。
 傷つけられたこと。自分を捨てて相手の欲求に応えようとしたこと。相手の言いなりになってしまったこと。妥協して、歪な笑顔を作ったこと。
 どれだけ悔やんでも、過去を変えることは出来ない。
 それは全て暗い過去。それは確かに当時の自分を押しつぶして、苦しめている。
 でも、未来永劫に渡って、それが自分を苦しめるんだろうか? 本当にこれから先の全てを、暗く塗りつぶすことがあるんだろうか?
 真実の愛はこれまでも、これからも、この自分という人間にだけ、与えられないんだろうか?
 それは違う。そう思う。そう思いたい。そう思って、良いと思う。
 優しく出来なかった。だったら、優しく出来るようになれば良い。傷つけられた。だったら、傷付けないような人を見極めれば良い。
 口で言うのは容易い。でも、出来なければ、今のままなんだ。出来ないと嘆くままなら、出逢うのは、これからも優しく出来ない相手で、傷つけられてしまうような相手なんだ。
 確かに今は、悲しく、寂しい。暗い過去が影を落としているから。
 ここまででどこかしら共感を覚えるような人なら、そんな過去を、今思い返しているだろう。
 そしてこう思う。
「それでも、あの記憶は拭えない」
 拭い去るには、あまりにきつく染みついているから。
「それに、好ましく受け止めることなんて出来ない」
 そう簡単に見方を変えられるなら、その時にそうして、こんな未来にはしなかったはずだから。
 そうだね。
 変えられない過去なのに、みんな、変えたくないと思うんだ。思い出す度苦しくなるのに、それでも色褪せずにあり続けて欲しくて、思い出して、感傷に浸りたくなる。
 それは紛れもなく、愛した人への愛が、本物だから。
 愛した人との間に出来た傷。だから、思い出したくなる。嫌いな人との間の記憶は、こんな文脈で思い出したりはしない。
 愛している。今も。どれだけ憎くて、どれだけ嫌いになっていて、どれだけ残酷なやり取りがあったのだとしても。
 愛していたから、あの時間を設けたんだろう?
 ああ、涙が溢れる。夜風がそれをさらう。
 考えることは、それ自体がもう既に、自分を傷つける。
 幸せな人は、きっとこんな時間を過ごさないんだろうね。
 でも、この涙を知っている俺たちは、それだけで、一つ、この涙を知らない幸せ者より、優っている。
 これから出逢う大切な人。その人の笑顔が本物か偽物か、分かるんだから。それが偽物なら、その理由を、尋ねることが出来るんだから。
 愛した時点で、その愛のための努力は、自分の力になっている。
 目的と対象がなくなってしまったから、それも全て無意味で無価値だと、思ってしまうけど。
 思い出してみて。
 愛した人のために、自分がしてあげたこと。しようと思ったこと。出来たこと。出来るようになったこと。出来るようになろうとしたこと。
 それは、止まらない心の時計に従って、今も心の内に残っている。
 本当は、愛したその人のためだけに、使おうとしたものだけど。
 その人は、惜しくも、〝運命の人〟にはなれなかったから。
 本当の〝運命の人〟のために、使えるんだ。
 もしかしたら、その〝運命の人〟になれなかった人も、今と少しだけ違う世界では、〝運命の人〟だったかもしれなくて、だとしたら余計、かつての自分の努力を、嫌ってはいけないと思う。
 生きている。生きているから。
 こうして苦しんで、悩んでいるけど。
 生きている。生きているから。
 残ってしまった、残すことが出来た力を、使って良いと思う。
 幸せになりたくて、幸せになるために、苦しむ道を選んだんだから。
 波の音が響く。残響がまた過去を引っ張り出す。
 今はまだ、それを全て笑顔で見ることが出来ないけど。
 いつか、出来るようになれば良い。
「好きだったんだ」
 それさえも、多分、嘘で。
「好きなんだ……今も」
 それが、本当の気持ちだから。
 歩みを止めないまま空を見る。
 輝く星空。見上げたかった。一緒に。
 大好きだった人。今でも大好きな人。あなたを好きだったこと、嘘にしたくないから。無駄にしたくないから。
 あなたといるために費やした全てを、幸せになるために、使わせて欲しい。
 一筋の流星。
 願いは今も、変わらない。変えない。
 幸せになりたい。
 誰もが求める、何よりのもの。




生きることは、幸せに向かって歩むこと。そう思う。

傷だらけの今日

.10 2015 .+*ショートノベル*+. comment(0) trackback(0)
0

「はは、そうだな」
 日付が変わる。23:59から、0:00に変わる時計。
 明日だった日が、今日になってやって来た。
 受話器越しに聞こえる声は、無機的で、無感動な声。何千時間か前は、有機的で、感動出来た。
 終わりの予感。それが、現実のものになる。そんな気がした。

 直感はやはり、正しかった。

1

 向いていた矢印が消えて、向けるべき場所も分からなくなって。それから、一ヶ月くらいが経った。
 進むべき所も見失った俺は、過去の自分の決意にすがって、今日という日を過ごしていた。
 大学に通って、バイトに行って。
 外に出るのは、後は精々買い物くらい。
 ほんの少し前までは、もっと別の用のために出ていたのに。それが当たり前になる日々を送りたかったのに、その願いは叶わなかった。それはあくまで非日常で、日常は相変わらず、味気ない日々。
 ベッドの上、膝を抱えて寂しげなメロディに耳を傾ける俺は、寂しかった。
 心も寂しく、見た目も寂しく。
 そうやって、ぼーっとしながら、消えて行く何かを、切なげに見つめる。
 悲しみはあった。でもそれは、浸り続けることは出来ない。失った時と、それから少しの間は感じられても、いつまでも感じることは出来ない。思い出す度に、朧気になって行くのが分かる。初めて味わったあの悲しみには、その後のどんな回想も及ばない。悲しみでさえ、色褪せてしまうんだ。
 喜びと幸せは、過去には無い。あったのかもしれないけど、それは今の心を満たすことは出来ない。追体験は出来ない。出来たとしても、浮かぶのは別の感情。
 前に進むには、それらを再び手に入れるためには、また出逢わなければならない。
 でもそれは、痛むこと。傷むこと。
 好きになることは、傷付くことだと思う。思うようになってしまった。
 何の因果か宿命か、俺の味わうのは、そんなものばかりだ。けれど、理性と経験が指し示す正しい解答を、俺はいつも選べないから。
 選ぶのは、本能と感情が導き出す不確かな――いや、間違いだということは、本当は分かっているはずなんだ――答えばかり。
 もっとちゃんとした恋だって、出来たはずなんだ。でもそれを、俺は選ばなかった。
 だってそれは、幸せじゃない、そんな風に思えてしまうから。どうしようもないから。俺が欲しいのは、運命だから。
 たとえ、これまでの人生の全てが、現実にあるのは現実だと突きつけていても。未来が不確定要素に溢れ続ける限り、運命の存在を信じずにいられない。人を、想いを、信じずにいられない。
 ふいに、流れていた歌がフェードアウトして、着信を告げるメロディが代わりに流れ始めた。
 怖かった。それでも。
 好きになることは、傷付くことだと思うから。
 でも、傷だらけの手で、掴もうとしなければ、手に入ることは有り得ないのだから。
 俺は電話に出た。

2

 傷だらけの今日。
 だからこそ。
 幸せになるべきなんだ。

3

「ありがと。……うん、じゃあ、また」
 口元を緩めて。
 また好きになろうと、決めた。
 傷付くかもしれないけど。苦しむかもしれないけど。
 喜びと幸せは、好きになることでしか、得られないのだから。




電話とかかかってこない(´・ω・`)

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.02 2015 .+*ショートノベル*+. comment(0) trackback(0)
「なあ、俺らはどこで間違ったんだと思う?」
 真っ暗な部屋には、椅子が一つ。
 カーテンの隙間から漏れ差す光は、朝の光。
 目の前に横たわる〝女〟に尋ねる。
 長い髪の一筋を、口元に含んだ彼女は何も答えない。生気の無い瞳は、何も語らない。ほんの少し握られた手は、何も告げない。
「間違ったから、こうなったんだよな」
 違う、と、屍は笑った。
「死んでもまだ、お前はそう言うかよ」
 そう、最初から、間違っていた。最初から、何もかも無かった。
 この部屋に置かれたのは、たった一つの椅子だけ。
 描いた理想は、所詮理想。
 ここにアレを置いて、アレを買って。全部、語るだけの夢。叶える気は、無かった。少なくとも、お前には。
 光を失った目で横たわる〝コレ〟も、結局は俺の夢の中の――
 間違った認識に基づく、人、で。
 この部屋も後にしなきゃな、そう独り言つ。
 ここも俺の居場所じゃなかった。
 次の部屋の扉は、もっと重たいんだろうが。
 それでも、開かなければいけない。
 不幸せを重ねられた俺は、幸せを求めるから。
 無数の繋がりの中から、本当のそれを探して。
 傷付くことを覚悟で、扉の先に踏み出す。
 だけど、今の俺には、繋がりを絶つ、そんな未来しか思い浮かばなかった。〝コレ〟に対して俺がしたような、そんなやり方で。
「まあ、お前は良いよな。俺に刻み込めたんだから。……自分を」
 俺には、その屍を刻むことしか、出来ない。
「さよなら。もう逢わないだろうから」
 繰り返す度、俺は死に近付いて行く。
「あえて言っておくよ」
 やはり、精神は、有限だ。
「お前が誰より、好きだった」
 だから、俺はいつか、その「好き」に、殺される。
 部屋を出る足取りも、部屋を出て吸い込んだ空気も、澱んでいた。
 晴らす術は、知らない。




絶たれた繋がりは、意味を為さない。

書けなくなったラブレター

.22 2015 .+*ショートノベル*+. comment(0) trackback(0)
 毎日のように書いていた。
 君への愛は尽きなかったから。
 溢れ出る愛を、文にしたためる。
 その作業は楽しかったし、君からの返事を楽しみにしていたから、書き続けることが出来た。
 だから、君からの返事が疎かになって行けば行くほど、俺の指先から出て行く文字の量は減って行った。
 返事を書くことを億劫に感じるような相手に送り続けることは出来なかった。
 そう、俺は返事が欲しかったんだ。読んで欲しい以上に、俺の言葉に対する君の言葉が欲しかったんだ。
 でも、君にとって手紙を書くことは、返事を書くことは、大事なことだとは思えなかったみたいで。
 最初は多かった便箋の枚数は減って、やがて文字に飾り気がなくなって、最後には返事が来るまでの期間が長くなった。
 単純に、ただ単純に、愛は失われたんだ。
 やり取りの量は、質は、愛の指標。
 あからさまに。見えてしまう。
 それでも、俺はめげずに、返事が来れば手紙を書いていたけど。
 ある日、とうとう手が動かなくなった。
 俺が手紙を出さなければ、返事は来なくなってしまうのに。
 いつ来るかも分からない返事のために、手紙を書くことは、もう出来なくなっていた。
 書かなければ、最後に出した手紙が最後のラブレターになってしまうだけなのに。
 この手紙を書き上げて、送ったとしても、これが最後のラブレターになってしまうかもしれない、そう考えたら、指先は震えるだけで、文字を書き出すことが出来なかった。
 そう、文字を書くために必要だったのは、インクなんかじゃなく、君への愛なんかでもなく、ただ、ひとえに君からの愛だったんだ。
 書けなくなったラブレターの上に、俺は透明なインクをこぼした。
 それはどんな文字の形もしていなかった。なのに、ただ一つの感情を示していた。


それはとても、当たり前のことで。

どうしようもないことだったんだ。

セレナの落涙

.04 2015 .+*ショートノベル*+. comment(0) trackback(0)
 この涙は誰も知らない。
 この涙は私だけのもの。

 当てもなく歩く。
 そんな毎日は怖かった。
 明るいはずの世界の中で、道はたくさん見えているのに。
 私が進むべき道は見えなかった。
 そんな日々は怖かった。
 涙の流し方も分からなかった私の目の前に、彼は現れて。
 気が付けば、進みたい道はハッキリするようになっていた。
 進むべき道があるのではなく、進みたい道が私の前にあった。
 彼を追う内に、走った後ろに、道は出来ていた。
 時折それを振り返りながら、でも、彼がいる場所を目指して。
 彼のことを想うことと、私のことを想うことは同じだった。
 不思議だった。
 身を呈す恋ではなく。
 身を焦がす恋ではなかった。
 私の幸せ。彼の幸せ。
 それはひとところにあった。
 やっと本当の恋が出来た。
 そのことが、また私を強くした。
 本当の恋は、それだけで人を強くする。
 彼を好きになれたこと。
 もう、そのことだけで。
 私は幸せに近付いていたんだね。
 うずくまるばかりだった私に、今の私は優しく上着を羽織らせてあげることが出来る。
 それまで、同じように泣くことしか出来なかったのに。
 彼に恋をした私は、それまでの恋をした私とは、まるで違う私になっていた。
 この先の恋がどちらかは分からないけれど。
 信じることをやめる理由は、もう無い。
 幸せな恋は、確かにこの世界にあるのだから。
 知ってしまった。
 こんなにも鮮やかな涙が溢れ出て来る。
 そんな恋、知らなかった。
 そんな恋に、出逢ってしまった。
 彼が教えてくれた。
 ありがとう。
 涙と一緒に、こぼれ落ちて行く。
 幸せ色をしたそれは、もう積もらない。
 涙の数は、もう数えられない。
 積み上がった悲しみの城。
 積もり積もった哀しみの黒。
 それらは全部、溶けて消え去ってしまった。
 彼への恋が、そうさせた。
 それでも。
 涙は溢れる。
 彼といたかった。
 涙は溢れ出る。
 彼の隣にいたかった。
 涙は溢れ出て止まらない。
 彼の隣で生きて行きたかった。

 この涙は誰も知らない。
 この涙は私だけのもの。

 彼にすくって欲しかった。
 彼にぬぐって欲しかった。

「だってあなたが、誰より好きだから」

 あなたのものに、して欲しかったんだよ。


セレナって誰なんだろう。
それらしいタイトルシリーズのようで、それらしいタイトルシリーズではありません笑
あれはそこそこ知名度の高い実在する人の名前で書くものなので。

ポケモンXYのヒロインでもないです。

ああ、すくってあげたい。
セレナちゃんの涙。

でも俺は〝彼〟じゃないんだろうなあ。

昨日今日でたくさん読み切りを書いています。
元気なんだと思います。きっと。

だって今日はいつもより、笑顔だったよ、俺。
マスクをしていたから、人には見えなかったけれどね。
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